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喉の御守りが欲しい

Posted by 彩子 on 11.2018 日々色々 0 comments 0 trackback
京都の阿多古神社へ
一年間
台所を守ってくれてた
火迺要慎(ひのようじん)のお札をお返しして
来年の新しいお札を貰ってきてくれた。

夫と山の仲間たちに感謝。


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私は未だ
風邪を引き摺り
ずっと家に御籠もりさんだった。


かれこれ二週間。
内科に耳鼻咽喉科と受診したのに
なかなかしぶとい
咳と喉の詰まりと嗄れ声。


これでは仕事にならず
交替して貰って迷惑をかけてしまってる。


それでも同僚は気遣ってくれて
即効性ありますよと教えてくれた漢方薬
仕事帰りの夫に
ドラッグストアに寄ってもらった。



響声破笛丸料(きょうせいはてきがんりょう)
すっごい名前!
ネーミングからして効きそうだけど
やはり漢方薬は飲みにくく
でも、良薬口に苦し?


話題の漢方らしいが
残念ながら 私には効き目ないようで…。


自覚してた以上に
身体は悲鳴を上げてたのかなぁ…




by myself

Posted by 彩子 on 09.2018 女色 1 comments 0 trackback


何処でスイッチが入ったんだろう


昔のわたしに帰ってしまったかのよう





粒を震わせる


気持ちいい



しばらくの間
自らに何も施さず
まどろむ





…嬉しい


未だオンナだったんだ





ただ
それだけのこと
















ふぅ

Posted by 彩子 on 04.2018 日々色々 2 comments 0 trackback
舅の調子が悪くなっていたので
行けるうちにと
連休使って帰省した。


姑さんの納骨の手配のため
お寺さんへの挨拶やら…。



日々老衰に向かっていく舅は
誰の目にも
もう長くはないだろうと見えた。
だから
二ヶ月前にお世話になった斎場の
段取りも とりあえずと。




舅は息子の顔も
嫁である私の顔も分かったし
か細い声でお粥…と言ったので
予め用意していた、
刻んだ神宗の昆布を入れたお粥さんを
ほんの少し口の中に入れたあげた。
思えばそれが
最後の口にしたものになってしまった。



見舞った時、看護師さんが
今日は少しお粥さんとゼリー
食べられましたよと笑ってくださったので
も少し頑張ってくれるかな?と
夫は一旦、帰阪。
私は母のところに行っていたが、


その二日後の日曜日に
義姉に看取られて
亡くなってしまった。



姑が亡くなったことは
舅には話してなかった。
姑は早くおいで
息子達に迷惑かけぬよう
貴方一人おらんでよかよ
こっちにおいで、とか、

妻に先立たれると気落ちして、と言うが
でも舅は知らなかったのだから
姑は自分がこうなったのも
おとうさんのせいと曲がって思い込んで
最後は恨み辛みだったのに
舅は最後までお母さんは?と私たちに聞いていたから
あの世から姑がよんだのかも知れない。



なんて
夫の親を立て続けに失くすと
色々思うこともある。



それでも
向こうにいるうちに
済ませられる事はやっておこうと
慌ただしく時間が過ぎた。


舅が亡くなると
姑の時より 役所やらなんやら
やることは大量にあった。


姑の時は急だったから
菩提寺が有るのを知らず
斎場に任せたお寺さんで
七七日忌まで済ませてきたが

舅の葬儀は
本家に聞き出した菩提寺に頼んだので
そう簡単には行かなかった。



急に仏の道に詳しくなって行くのも
苦笑ものだ。


やれやれ
息子の部屋に置いていた学習机は
急ごしらえの二人分の祭壇と化した。

納骨堂探しもあと少しの所までで…。




ふた月の間に
夫も私もそれぞれ
二人分の喪服の用意をして
のぞみに飛び乗り
葬儀を出し
帰りは遺骨を抱えた。

その合間に次男の結婚と
怒涛の様な平成終わりの後半だった。


それに
まさかと姑の喪中葉書を用意したのに
舅の分も加筆しなければならなくなり
おまけにパソコンご機嫌斜めで
表書きは自筆ときた。


何やらかんやら目まぐるしく
ちゃんと息抜きしてたつもりなのに
人並みに風邪を引いた。

職場の皆んなにも申し訳ない。




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35

Posted by 彩子 on 15.2018 日々色々 4 comments 0 trackback
杉の一枚板のカウンターに
夫と並んで
お料理そしてお酒を楽しむ


いつもは程良い客の入りらしいが
この日は何故か
月曜日だと言うのに想定外の繁盛で、
何とは無しに
隣の面々の人間模様が見えてくる。


誰もが良い具合に酔いが回り
大将が上手に
料理と話題に合った日本酒を勧めてくる。

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夫がトイレに立ったのをいいことに
隣のおじさまが声をかけてきた。


大将がこちら記念日なんですよーと
にこやかに話してくれたものだから
それはそれはと、
何故が祝い酒と注いでくださった。


酒の勢いで
こちらが歳下と思い込んだ口振りだったのが
お互いの立場が判明すると
お隣のおじさまのその口調はコロリと変わってくる。

名刺交換なんぞ始まって
私は夫と顔を見合わせて苦笑い。



その相手の懐に半分入り
嫌味なく和やかに
その場を盛り上げる夫の
新たな一面を垣間見る。

男達は
こうやって
人脈を繋いでいくのだろう。


旦那〜 いい仕事してますやん!って
思わず褒めたくなる。



一年前とは打って変わって
リーマンモードの夫との
35年目のアニバーサリー。


ま、もう
こんな記念日で良かとよ。


















深酒

Posted by 彩子 on 06.2018 日々色々 2 comments 0 trackback
大衆酒場 【大旦那】に連れて行きたいと
蕎麦おじさん。


いやぁ!安くて美味で。

こんな刺身7種盛りが500円也!


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キャベツの酒盗盛りは
ビールが進むクン!

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ここでかなり出来上がって
次行こう!と
ここもお初の【蔵朱(くらっしゅ)】

こだわりある日本酒専科。
お洒落で品良いアテ。
私、けっこうご機嫌さんに!

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えー?
未だ行きますのん?って
蕎麦おじさんの締めは
やっぱり【日本酒うさぎ】


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ここで不覚にも
私、泥酔状態に。


トイレで数回
地下鉄ホームで数回…胃液しかもう出ず。


最寄駅でもやらかした。
汚してしもてごめんなさい

誰にも見られてない事を祈りたいけど…。




翌日
二日酔いを抜こうとホットヨガへ。

一番難易度の低い
リンパドレナージュにもかかわらず
しんどかったし。




それにしても
蕎麦おじさんは強い。
そして優しい。


【 無理付き合いさせました
反省 そして 心配 】
と、言わせてしもた。


折しも新聞に飲酒記事が載っていた。
身体が小さい私は
ちと深酒だったかも。


やっちまった…
猛反省!!








七五三に寄せて

Posted by 彩子 on 05.2018 日々色々 2 comments 0 trackback
女の子の孫ちゃん
七歳と三歳と
ちょうど一緒に七五三。


今時は、
写真館での貸衣装で
前撮り早撮りと手際良く
肝心の、神社にお詣りを忘れてたのか
慌ただしく、
今度の休みおかん達空いてる?と。

こちらに転勤してきてくれたお陰で
こうして、お詣りに呼んでくれるのも
じぃばぁとしては嬉しいもので。



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帰りに
一張羅のスーツに汚さぬ様
食べたつけ麺。

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それにしても
女の子は可愛いね。


『 わたしとねぇねは ワンピースきるの
ママはスカート
パパはおズボン
ばぁばは なにきるの? 』






息子達の時は
やっぱり母が遠くから来てくれた。
初孫を嬉しそうに眺めてた。


その母も
仏壇の中の写真立ての、
真ん中のひ孫を見て
これは誰の子ね?と
尋ねるのが哀しい。


まぁ
もう
85だもんね。


呆けても良いから
長生きしてね。


憶えていてくれるかな

Posted by 彩子 on 27.2018 日々色々 2 comments 0 trackback
孫ちゃんの運動会にお呼ばれしたり
息子夫婦、それそれで出張のため
初めてのお迎えばぁばに駆り出されたり。


娘の孫は頻繁に
ジジババは使われるらしいが
息子しかいない我が家は
教科書通り、声がかかる事も少なかった。


だから
しんどいながらも
こうして役に立てるのは
嬉しい事で。


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納まりどころ

Posted by 彩子 on 23.2018 日々色々 0 comments 0 trackback
姑さんが存命の時は
帰省しない限りは
普段の生活には申し訳ない程に
存在感があまり無かったのは
正直なところで。

其れが召されてからと言うもの
遺骨をこちらに持ち帰って
簡素な祭壇を部屋に設えると、
遺影がいつもこちらを向いている様で
私のこと、忘れとらんやろね?
って言わんばかりの存在感である。


こうなってからの方が
私の生活の中に姑の存在が
大きくあるのも苦笑もので。

それはいつぞやか私が年老いて
息子達の世話になるかも知れない、
娘がいない私達だから尚のこと
お嫁ちゃん達に、
姑として粗末にされるのも嫌だなぁ…
なんて無意識の魂胆があるのか、
お姑さんに自然と律儀に
毎日線香をあげているのだ。


そして、
以前より舅姑さんから
お墓を用意してくれと言われていたし
それは夫と私の
納まるべき処でもある訳で、
夫は納骨堂を早く準備しないと、と
ここの所、納骨堂巡りに明け暮れている。


私の父が生前
水道橋にカード式納骨堂を準備していて、
それが大層便利なものと実感しているので
こちらでも探したのだけど、
なにせ宗派は問わず、とは謳っているけど
やはり乗り気でなく

お散歩がてら、
こんなところも観に行ったりで。

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納骨堂探しの打ち上げと称して
夫と二人 昼間っぱらから呑んでしまった。


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親を大事にせい!と豪語してた夫の両親は
その割には先祖代々の墓もろくに参らず
夫が帰省する度に
墓参りに行ってた程度で、
どの口で言うかぁ?と
親の悪口をアテにお酒も進むと言うもの。


息子の代まで慮って
納骨堂探しも体力気力
そして蓄えも要りますよ。


やれやれ…


穏やかな秋の日によせて

Posted by 彩子 on 19.2018 日々色々 0 comments 0 trackback
二週間のうちに
西へ葬儀、東に婚礼と、
冠婚葬祭、新幹線だらけ。



結婚式にぶつからないかとハラハラだったが
天に召された姑はどうやら、
孫孝行してくれたらしい。

次男の挙式披露宴は
予定通り執り行うことが出来て やれやれ。



息子達が幼い頃
ムービーをVHSCで撮ったものを
デジタル化してDVDに保存した。

その中からいくつか
披露宴で使って貰おうかと企んでいたけど
親の思い子知らず、だろうと
ひとつだけ、
《にこにこぷん》の中の
【パジャマでおじゃま】に出演したDVDだけを
ギリギリになって
一週間前に暮らし始めた息子たちの新居に送っておいた。


お嫁ちゃんのお色直しの間に
パパッパ パッパッパ ジャマジャマ〜♪
って流れ出した時は
嬉しかったなぁ。



孫の結婚式に出るのを目標に頑張ると
母は息巻いたり、旗もや鬱なったりと
ギリギリまで決められなかったが、
正直なところ
母が列席を諦めてくれたので
ホッとしたのだ。
母の今の状態ではどう考えても
遠距離の移動は無理だし
私が迎えに行く事も考えたけど
想定外の姑の葬儀まで入ってしまったので
結果やっぱり無理だったなぁと。


式は、お嫁ちゃん側の親族が多く
又、あちらの地元で挙げた事もあり
完全なアウェイ状態で。
しかも、次男は転職して
半年の契約社員を経て
やっと正社員に成り立てだったし
会社関係の上司も少なく、
夫からしたら、なんともなぁ…の列席者。

加えてこちらも二人目の息子となると
なんとなく落ち着いてしまった。

とは言え、
次男には何かと
子供扱いした子育てだったのは
私も自覚していて…

だから
やっぱり泣きました。



力合わせて
二人らしい家庭を創り上げて欲しいよ。

おめでとう!




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彼岸命日

Posted by 彩子 on 05.2018 日々色々 2 comments 0 trackback
夫に看取られ 姑が亡くなった。


透析21年、ペースメーカー入った舅が
先に逝くものと
なんとなく思っていた。


五年前に脳幹梗塞を発症し
左半身麻痺で
ずっと車椅子生活だった姑は
認知症も手伝ってか、
感情の起伏が激しく罵詈雑言に
夫も義姉も 大概にしてくれと
半ば本音とも取れる嘆きを吐露していたが、
最後はあっという間に亡くなってしまった。


随分悩んだが
姑が施設から救急車で運ばれた2日後
先に帰省した夫の分と
二人分の喪服の用意もして
私ものぞみで病院に向かった。



うちの息子二人は、
一緒に住んだ事もないのに
爺ぃちゃん婆ぁちゃん子だった。


どんなに遠方に住んでいようも
盆暮れには必ず帰省していたし、
何かあったら帰るもの、と
それはまるで刷り込まれたわんこの様で。

だからか、
お葬式だけでいいよ、と言ったのに
長男は
生きてるうちに婆ぁちゃんの顔見とくと
日帰りで帰ってくれたのだ。


何より次男は
結婚式にも出て貰えないからと、
彼女連れて会いに行く、と言ったのを
私はありがとうって断ってしまい、
結果、四人の孫でただ一人
息有る姑に会えないままにしてしまって
次男には悪いことをしてしまった。


意識の無い姑のベッドの側で
『 未だ未だ ばぁやんいけるで 』と
日帰りで戻った長男だったのに、
それは哀しい外れ予想となり
次の日息を引き取った。




意識は戻らないままだったけど、
私も小康状態だと思い込んでいた。
夫がせっかくだから
お母さんのとこ行ってあげたら?と
言ってくれて
電車を乗り継ぎ、
私の母の方に行った二時間後 姑は急変し、
又舞い戻ることになってしまった。
五分程間に合わず
でも未だ暖かったのが救いだった。


慌ただしく来て又帰ってしまった娘のことを
母はどの程度分かってくれたか。


今度は母の番かも知れない。
手当てをするこちら側の思いだけど、
もう、そう言う年齢なのだ。




姑を送る斎場で
初めて、姑の湯灌を側で見守った。
所謂 納棺師は
未だ若い女性二人だった事に驚いた。
手際の良さと見事な立ち居振る舞いに
頭が下がった。



義姉と分担し
姑の最後の住処となった施設の片付けを済ませ
役所に行き、
空っぽの夫の実家に祭壇を祀る訳に行かず
遺骨を抱えのぞみで戻った。


仏壇も納骨堂も未だ無いこれからを思う。


これまでは、帰省していない時は
夫の親の事を思う事も少なかったが、
我が家に急ごしらえの祭壇を置くと
姑の写真がこちらを見ている様で
却って今は、亡き姑の事を思うようになった。

天に召された故人の事を忘れなさんなよと
まさに無言の教えの様だ。


それにしても、
なんだかんだと振り回された姑だったが、
最期になって、子孝行してくれた。

次男の結婚式に重なったらどうしようと
悩んだのも危惧に終わったし、
夫も仕事を休んだのも、
一週間で済んだのだ。
その夫は手際よく姑を送る手配をし
通夜告別式の挨拶は見事だった。

殊勝にも
もっと大事にせなあかんなと
今頃、遅いかな…。








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