GWの中日で忙しい一日を終え、
最終の飛行機に乗り遅れない様に段取りを付ける。
搭乗手続きを済ませ、空港の売店でお土産を買い、
ほっと一息付く。
日中からの荒れた天気で、
尾翼の上の席に座る私の久しぶりの帰省に逸る気持ち程度に
飛行機はちょっと揺れる。
本当は、あの離陸時のふわっとした感覚やら
飛行機の揺れが私は好きなのだ。
荒れた山の天気に振り回され、
予定を変更して
先に実家に帰省していた夫。
嫁の私は仕事で、
長い休暇の夫が
私より先に嫁の実家に入っているのだ。
母が重いのに買い出しに行ってくれたビールを呑んで、
お母さんと麦酒呑んでしまいました〜
自分の分はコンビニででも調達して下さい、とメールが入る始末。
娘婿と何やってんだか、あたしの母。
居心地良いんか、我が亭主。
それから
私が実家の門を叩いた時は、
夫は友人と中州で出来あがっていて、
私も一緒に出てこんか?呑まんか?と
酔っ払いの声で電話をかけてくる。
こっちはついさっきまで仕事してて、
やっと最終に飛び乗ったと言うのに、のんきなもんである。
いいよいいよ、
屋台でラーメンでも食べてこんね、と酔った夫をかわす。
次の日は
昔住んでいた懐かしい場所を車でめぐり、
まだやってた〜と、懐かしいうどん屋に入り、
【牛蒡天うどん】とかしわ御飯のおにぎりを食べる。

彼に【牛蒡天うどん】はこれやし、と見せるつもりで
お行儀が悪いかと思いながら、
ちょっと食べかけながら、携帯を翳す。
その日の夜は、
大好きな女友達とデートが実現。
急に再会が叶ったもんね。
母と三人のおそと御飯のあと、
私は夫との約束を反故にした。
夕べのお返しだ!
楽しくて楽しくて、
これは又後日の記事に。
次の日、
未だ意識戻らずの父の、唯一残っているひとまわり上の、
私から言えば伯父さんの家に御機嫌うかがいに行く。
母のたってのお願いで。
別れた亭主の兄貴の家を訪ねるのだから、
これも又奇妙な絵である。
どちらかと言えば、
父より伯父との方が、母には似合っていたと私は思う。
心臓にペースメーカーが入り、耳も遠のいたとは言え、
男の寿命をとうに超えて、なお精力的に油絵を描く伯父は、
本当なら沖縄戦で取られてた命、今はおまけの人生と言う。
そんな伯父は、
乳癌で亡くした娘の歳に私が今なった事を
『 そうかそうか、彩子ちゃんは、
あれの分まで綺麗に生きてくれんね 』と涙もろい声を出す。
そして、
好きな絵を持って行きなさい、と私に言う。

絵具や絵筆が綺麗に整頓され、
壁には裸婦のスケッチや、
日展に最高齢で入選した100号の絵が部屋を飾る。
『 おじちゃん、これがいい 』
私の目には、
キャンバスの菜の花畑はどう見たって素敵なのに、
未だ完成していないからこれはごめんよと言う。
そして、沢山の作品の中から、
本来なら夫が登る筈だった山を描いた新緑美しい絵を貰う。
車で帰っといて良かったねと母が笑う。
伯父は、何度も何度も、
彩子ちゃんはどうしてるかと思ってたよ、夢も見たよ、と繰り返した。
そして、本当によく来てくれた、嬉しい嬉しいと言った。
これはそろそろお迎えが来てるんか?と言った。
私は初めて聞く顔をして、
少し呆けた伯父さんの話を聞いた。
意識戻らないままの父の事を、
人生の終わりを前にして何と言う奴だと嘆いた。
それからその足で、夫の実家に向かう。
其処はもう何の違和感もなく、
私も家族の一員である。
そこにも長い歴史が有る。
長い距離を車で帰る私達に、
昨今の事故を思ってか、
あんた達も気を付けて帰んなさい、と言い
姑は少し呆けた舅と玄関先でいいのに、
痛い膝を押して、ガレージまで見送った。
ひとりで運転する夫に悪いから、
長い道中、助手席で寝ない様に、
沢山のCDを流して、大きな声で歌ったりした。
本当は孫ちゃんの顔を見に出かけたかったけれど、
やっぱり帰って良かったね、と夫が言う。
おんなじ事、
考えてたね。