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備忘録

Posted by 彩子 on 22.2009 日々色々 10 comments 0 trackback
先日、夫と大学パートナーズシンポジウムに参加して来た。



《 愛する人の送り方、送られ方 》




映画【おくりびと】の原案となった【納棺夫日記】の著者の基調講演があった。

そして、
ターミナルケア、ホスピスの問題を提起する緩和ケア医、

癌の夫をホスピスで見送った大学准教授、

医学生への死生観教育にも携わる住職、

ある日突然神経難病を発症し三日間で全身麻痺になりながらも、
驚異的な復帰を果たされた大学准教授、と

興味津津なパネリストを迎えてのディスカッション。




以下は私の脈略なく書き留めた備忘録でもあるので、
興味無い方は読み飛ばして下さいね。




・・・



自分のことは自分が一番わかっていると思っている。
なのに、死に直面した時、
自分は一体なんだったんだろうと、
存在そのもの、生きていく根本が揺るがされる。


時間が経つと、身体的な痛みは忘れていく、ある意味慣れていく。
それよりも魂(スピリチュア)の痛みの方が強かった。



スピリチュアリティとは、
危機的な状況になった時に起こる、
新しく生きようとする気の働き。



緩和ケアとは、
患者のスピリチュアの痛みの緩和、生活の質QOLを維持すること。


告知(インフォームドコンセプト)は、
丸ごと認め、痛みを受け止め、相手を受け入れること。


日常生活を増幅する。
普段通りに生活する。


何か正しい事をしなくてはいけないとおもってしまうが、
家族や親しい人達だって、
押しつぶされそうな夜が長い。
だからこそ、ユーモアが必要。



慰めるように言われることでよくあるのが、
《ちょっと休むために病気になった》のではない。

自分が出来ない事を神様に預ける。

人から言われてではなく、
自ら受け止めて見出すもの。



周りの人は、一緒に居る時間を楽しみ、一緒にいて、寄り添ってあげればいい。






どうしてそういう風にしようとするのか、相手に聞いてみよう。
そして、もし自分の事だったらどうするかと関係性を持って聞く、
つまり傾聴する。





愛する人を送り、哀しく逝ってしまった後の乗り越え方。



まず、立ち位置を変えてみる。


たとえば、
これまで二人分のお味噌汁を作っていたのが、
一人分を作ることに慣れていく、など
この状況に身を置く。

周りに発信する。


哀しみを乗り越えなくていい。
気持ちをシェアする人たちが居ればいい。


次第に哀しみが変質していく。
哀しみは消えないけれど、
別の形で抱えていく。


愛する人が居ない事を受け入れる。
それは残された人の仕事。


思いっきり哀しむことが必要。


愛する人が居ない環境に適合して行こうとする中で
亡くなった人との関係を再配置する。


自分を見守っていてくれる、
大きく包んでくれている。

関係性が切れてしまったのではない。
新しい、これまでとは違った関係性を抱えて生きていく。






人は死に方を選べない。
生きる様に死んでいく。
生と死は繋がっている。


けれど、
死に方に依って、死んだ後の世界に差や違いはない。
死に方は関係ない。


死に際の顔は誰もが笑顔だそうだ。




結果として同じ事をやっても、
気持ちを変えて行う結果は雲泥の差がある。



柏の葉は、
秋に枯れた葉が春までついたまま、新芽が出るまでは落葉しない。
つまり、
次の葉が生まれてから枯れていくのだそうだ。





みなさんは、
愛する人を送った事がありますか。












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