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父の秘密

Posted by 彩子 on 20.2011 日々色々 2 comments 0 trackback
仕事帰りの父が
駅構内で脳梗塞で倒れた。

随分若い頃から思い出したように患っていた不整脈が原因で
心臓内にできた血栓が右内頚動脈に飛んだ脳塞栓が原因らしい。

兄貴は直ぐに駆けつけられず
知らせを受けた翌日、私は父の元へ行った。


脳梗塞の範囲が大きいので
頭蓋骨の一部を外して脳圧を下げるための脳外科のオペもしたが
予断許さない病態で未だ意識も回復してない。
一命取り留めても寝たきりになる可能性も大きいらしい。
兄は向こうの医師と話しをしてくれたようだ。

肝心の兄は、救急患者のオペに付き合っている。
全くもって因果な仕事である。



私の両親は私が二十歳の時に離婚した。
そして、私が結婚する一年前に父は再婚している。

未だ現役でフルタイムで通勤していた80を過ぎた父が
突然糸が切れたみたいに、
ICUで管を通され意識も戻らずである。





離れて住む父に、
私が誕生日やら父の日などに連絡すると、
事有るごとに、いたって健康!と豪語していたのは、
同じく80を超えたかかりつけ医の見立てだったのだ。

お若いですよ、と医者が言うのは、
歳の割には、って前置きが付く程度のものだと言うことに
周りの人間も気づかなかった。

父は、年に一度の全身の健康診断は受けていなかったのだ。
年老いて現役退いて、定期健診を受けていないのではなく、
現役で未だ仕事に行っている、のにである。
じわじわと不整脈による、心房細動は進行していたのだ。




緊急オペが終わるまで、
父の嫁さんと私は、家族控室で長いこと待たされた。

いつ終わるとわからない手術を一人で待つのも、
聞き慣れない病態説明を一人で聞くのも不安だっただろう。
夫が私を送りだしてくれたことに感謝である。
そうは言っても、

男としての父の話を悪気なく話されるのも、
なんとも言えない気持ちになる。



突然こんなことが起きて
父の家の事情はある程度は想像してたけど
知りたくなかった詳細やら、嫁さんの半分愚痴を聞いてきた。
それが何よりしんどかった。



年金が入った次の日、
借金の返済に女性の所に行く仕事帰りだったと言う。
いつもの通勤では降りない駅構内で父は倒れたのだ。

ロックがかかっている携帯に困り果て、
職場に連絡とれずに、
これまで開いたこともない手帳を嫁さんは見る羽目になったのだ。



携帯メールも使いこなす父は
以前、私にメールボックスは常に空っぽにしている、と言っていた言葉を思い出した。
あの時父は、年老いて、未だ何をやってるんだ?と過ったのだ。


こんなことなければ
父は嫁さんに隠し通すつもりだっただろう。

こんな話を聞かせる嫁さん。
娘として恥ずかしい、と言うよりも
私は自分の身に置き換えて想像してみたのだ。
居るはずのない場所でトラブルに巻き込まれたり、
不慮の事故に遭う万が一のことを。




長男がたまたま同じ沿線にサッカーの試合で
病院の近くへ来ているからと、帰りに寄ってくれた。
着く前に、買ってくるものは無いかと訊ねて来る。
私は泣きそうになった。
父の嫁さんも、
幼い日の長男と面識あるから事のほか喜んでくれた。

三人で控室にいる。
こんな絵は露とも想像したことは無かった。

緊急オペがいつ終わるか分からず、
私は長男を先に返した。



その夜、私は長男の家に泊まった。
疲れ果てた私は、
幼い笑顔とぬくもりに、ただただ癒された。

思いがけずに孫ちゃんに会えた事は、
父からの最後のええカッコしいになるかもしれない。

年末の忙しい時の急な訪問に
長男のお嫁ちゃんの、優しい気遣いのもてなしは本当に嬉しかった。
いい人と一緒になってくれたと、改めて思った。





父は脳の管がひとつ外されただけでも
前の日より病態は良くなったように見えた。


翌日仕事で休めなかったので
来た事に気づかないままの父を残して、
私は夕方の新幹線に飛び乗った。
私は息子夫婦にたくさんのお礼をメールにしたためた。

前の晩、お嫁ちゃんが出してくれた麦酒も手つかずだったが、
帰りのシートの中、やっと呑む気になった。
ほろ酔いセットとクラシックラガーでウトウトした。

自宅では夫が主婦業をしてくれていた。


次の日、
父の嫁さんから電話がかかった。


・・・


私やっぱりあの人が好きなんです。


借金をこれまでだって一緒に払ったり肩代わりしたり、
いろんな想いがあるけれど、
離婚したら?と人に言われたことあるけれど、
本当にあの人が嫌だったら離婚していた。

悔いの残る別れ方はしたくなかったし出来なかった。
別れて無一文になって
何処かで野垂れ死にしてんじゃないか、
自殺するんじゃないか、
そんなの気にかけながらあの人と別れて暮らすのは想像できなかった。

あの人の万が一意識が戻って、寝たきりになっても
そんなに甘いもんじゃないと言われても
何処まで努力出来るか、
やらない後悔はしたくないの。

これまで親の面倒を見る事から遠かったけれど、
やっぱり死ぬまで人間は楽には生きられない、
逃れられないものがあるのね、
惚れた男の世話をしてあげたいの。


・・・

娘の私に、
父の事をあの人と呼んで話して聞かせる。
年数で言えば私と夫よりも、
一年長く連れ添って尚、惚気交じりの彼女の言葉を聞きながら、
すみませんとかありがとうございます、とか間に挟んで、私は頭を下げていた。


ホームに散らばった小物や、
倒れた時に赤く血で染まったコートを病院から持ち帰り、
それをつまみ洗いしながら、
うちの奴が買ってくれたと自慢しておられましたよと、
以前、職場の人に言われたことを思い出したと言う。
父の嫁さんは涙声になっていた。


母の財産も食いつぶし、
見合いで再婚した初婚の嫁さんも同じように苦労をかけた父。


人一倍プライド高くてエエかっこしいで、
秘密を持つなら死ぬまで墓場に持っていく筈が、
こんな人生の終わり方を迎えるかもしれない父。
なんとも皮肉なものだけど、
有る意味幸せな男である。


だけど前から、
あんなになったら自分は死にたい、
そんな事も吐いていたらしい父。

万が一状態が安定しても
自分で蒔いた種は
自分で刈り取ることなく、
不自由な身体の中で、
世話になりながら父はなんと思うだろう。










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